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高知地方裁判所 昭和33年(行)1号 判決 1960年3月16日

安芸市井ノ口一、四九一番地

原告

有限会社 樋口商店

右代表者代表取締役

樋口勝

安芸税務署長

被告

友市友茂

右指定代理人高松地方法務局訟務部長

大坪憲三

右同高知地方法務局訟務課長

西村博一

右同大蔵事務官

上原忠義

右当事者間の昭和三三年(行)第一号法人税額更正決定変更請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代表者は「被告が昭和三二年三月三〇日付をもつてなした、原告会社の昭和三〇年九月一日から同三一年八月三一日に至る事業年度の法人税額を金二九三、八四〇円とした更正処分のうち、金一〇三、九八〇円を超える部分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、その請求ならびに被告の主張に対して、次のとおり述べた。

一、原告は、呉服販売等を業とする有限会社であるところ、被告は昭和三二年三月三〇日付をもつて、原告に対し、昭和三〇年九月一日から昭和三一年八月三一日までの事業年度分法人所得金額及びこれに対する税額について、原告からした確定所得金額金一七四、四六〇円及びこれに対する税額金六一、一一〇円を所得金額金七九七、一〇〇円、税額金三八八、三四〇円と更正決定した。原告は、右更正決定に対し、昭和三二年四月五日再調査の請求をしたところ、被告は同年五月二三日付をもつて再調査請求を棄却する旨の決定をし、その頃原告に通知された。

そこで原告は更に同月二六日高松国税局長に対し、審査請求をしたが同国税局長は同年一〇月一五日付をもつて審査請求を棄却する旨の決定をなし、その通知書は同月一八日原告に到達した。

二、しかしながら、被告のした更正決定は次の点において違法である。すなわち、被告は前記更正決定において、原告の所得金額を認定するにあたり、原告会社が、その利益金金五〇〇、〇〇〇円を、安芸市元町所在の原告会社支店の営業用店舗として使用している原告会社代表者樋口勝個人所有の建物改築資金として樋口勝に対して支出したものと認め、右店舗改築費は会社の売上除外であるとし、これを原告会社の所得金額に算入した。しかし右店舗改築は、樋口が訴外畠山玉重から、昭和三一年六月一八日金一五六、〇〇〇円、同月二八日金一五〇、〇〇〇円、同年七月七日金一五〇、〇〇〇円、同月二二日金四六、〇〇〇円、合計金五〇二、〇〇〇円をそれぞれ借入れ、これを使用して為したもので、原告会社から支出されたものではないから原告会社の所得金額に算定されるべきでない。

よつて被告のなした更正決定による所得金額金七九七、一〇〇円から、樋口勝が前記訴外畠山玉重から借入した金五〇、〇〇〇円を控除した所得金額金二九七、一〇〇円に対する法人税額金一〇三、九八〇円を超過する部分の取消を求める。

三、被告は本件貸付金に関する訴外畠山玉重の陳述が前後矛盾しており、曖昧であることから、樋口勝と同訴外人間の貸借を信用できないと主張するが、右は畠山が被告から右貸付金の追求を受けるときは勢い自己のパチンコ営業の所得から支出されたものとの推認を受け、課税に影響を及ぼすことを懸念して陳述したもので、これをもつて直ちに貸借の事実がなかつたと認めるべきでない。なお樋口勝は、本件貸付金を昭和三二年六月六日四国銀行安芸支店を通じて訴外畠山玉重に支払いずみである。

さらに、訴外高知税務署長は、訴外畠山玉重の所得金額の算定に当り、前記樋口の店舗改築資金は、訴外畠山玉重が支出したものとして、同訴外人に対して所得税を増額申告するよう慫慂し、これに基き同訴外人は、本来昭和三一年度分において増額申告すべきものを昭和三二年度において増額申請した。したがつて同訴外人の所得申告額は昭和三〇年度分が金四五四、〇〇〇円、昭和三一年度分が金五六六、〇〇〇円であるのに対して昭和三二年度は前年度の倍額を超える一、三七〇、〇〇〇円となつている。以上の事実からすれば、被告は、樋口勝の訴外畠山よりの借入金を、原告会社からの売上除外と認めて原告会社の所得に加算する一方、訴外高知税務署長は樋口勝の店舗改築資金は訴外畠山玉重が支出したもので、畠山の所得であると認め、同訴外人に増額申告をなさしめたものである。

四、次に原告会社は、係争事業年度の六月から八月終りまで安芸市元町支店の店舗改築工事をしており、その間実質的に休業状態にあつた。従つて右休業期間を二箇月として売上高を年額に換算すれば、昭和二九年九月一日から昭和三〇年八月一〇日までの前事業年度の売上高が金一二、一三四、〇〇〇円であるのに、係争事業年度の売上高は金一三、一五九、〇〇〇円であり差引売上増加は金一、〇二五、〇〇〇円となる。従つて被告主張のように係争事業年度の売上金額が前年度分に比し減少したともいえない。

五、原告会社の係争事業年度の差益率は、売上に対する差益率一八・九%、仕入れに対する差益率二三・四%であり、安芸地方の同業者では寧ろ高率の部類であり、若しこれに五〇〇、〇〇〇円を加算すれば、仕入れに対する差益率は二七・四%となり原告会社の実際に合致しない結果となる。

以上のとおり述べ立証として、甲第一、二号証を提出して証人畠山玉重、同長信男(昭和三五年二月一〇日当審における証言以下同じ)同八木亀次(昭和三五年二月一〇日)の各証言及び原告代表者本人の尋問の結果を援用し「乙第一号証の一乃至四、同第四号証の一乃至一〇、同第五号証の成立を認める。同第二号証の一のうち郵便官署作成部分は認めるが、その余の成立は知らない同第二号証の二及び第三証の成立は知らない。」と述べた。

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁及び主張として、次のとおり述べた。

一、原告主張の請求原因一の事実は認めるが、その余の事実は争う。

二、原告代表者樋口勝が、安芸市元町所在の樋口勝所有にかかる店舗改築資金にあてた金五〇〇、〇〇〇円は原告会社の利益金から支出されたものである。即ち、

(一)  原告は右金五〇〇、〇〇〇円を訴外畠山玉重から借入したと主張するが、この点に関する樋口勝の借入時期借入回数借入れに対する証書等に関する陳述は当初調査をした昭和三二年一月中旬以来前後矛盾しており、また、訴外畠山玉重の調査の際の陳述も、貸借の事実の有無、貸付の時期、貸付の回数貸主、貸付金の出所などの点が調査の都度異つており、かつ樋口勝の陳述とも合致していない。従つて原告の借入金に関する主張は全く信用できない。

(二)  また原告会社は肩書地本店及び安芸市元町の支店において呉服・洋品雜貨・金物及び履物の小売を業としているが、原告会社の係争事業年度分の原告会社の売上金額一一、五四八、六三九円を係争事業年度前五年の各事業年度分の売上金額と対比すると、前五年の各事業年度分がそれぞれ一、二〇〇万円台の売上金額であるのに係争事業年度分の売上金額はそれより四九六、〇〇〇円乃至一、四三五、〇〇〇円減少している。原告会社の係争事業年度は消費景気の上昇時にあるから係争事業年度の売上金額は前各事業年度より上昇すべきであり、特別の理由もないのに売上額が減少することは考えられない。

(三)  更に、本件店舗改築費五〇〇、〇〇〇円が原告会社の利益金からの支出としてこれを原告会社の売上金額に加算して原告会社の係争事業年度分売上差益率を算出すると二一・五%となり、これを高松国税局編の商工庶業所得標準率の昭和三一年度分による売上差益率である呉服太物の一九・五%、洋品雜貨の二二・六%、金物の二四%、化粧品の二五・四%、履物の二五・九%と対比した場合、当該差益率は妥当なものと考えられる。

三、以上の事実等と原告会社がその代表取締役樋口勝及びその親族の出資金によつて経営される白色申告法人で、事実上樋口勝の個人企業に等しい同族会社であることから、個人意志により、原告会社の計算を容易に左右できる状態であること、売上金額の大部分が現金売上であるため、比較的容易に売上を除外できる状態にあること、などを合せ考えると本件店舗改築費は原告会社の利益金から支出されたものと推定するのが相当である。

以上の通り述べ、立証として乙第一号証の一乃至四、同第二号証の一、二、同第三号証、同第四号証の一乃至一〇、同第五号を提出し、証人長信男(昭和三三年六月一八日)、同八木亀次(昭和三三年一二月八日)、同畠山玉重、同井沢清栄、同中石章の各証言を採用し、「甲第一号証の成立を認める。同第二号証の成立は知らない。」と述べた。

理由

一、原告が、呉服販売等を業とする有限会社であること、被告は昭和三二年三月三〇日付をもつて原告に対し、昭和三〇年九月一日から昭和三一年八月三一日までの事業年度分法人所得金額及びこれに対する税額について、原告からした確定申告所得金額金一七四、四六〇円及びこれに対する税額金六一、一一〇円を所得金額金七九七、一〇〇円、税額金三八八、三四〇円と更正決定したこと、原告は右更正決定に対し、昭和三二年四月五日再調査の請求をしたところ、被告は同年五月二三日付をもつて再調査の請求を棄却する旨の決定をしたので、更に同月二六日高松国税局長に対し、審査請求をしたが、同年一〇月一五日付で同国税局長は審査請求を棄却する旨の決定をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、以下本件店舗改築費が、原告会社の利益金から支出されたものであるかどうかの点について検討する。

(一)  乙第一号証の三、四(成立につき争いなし)、同第二号証の一、二(証人井沢清栄の証言によつて成立したものと認められる)、同第三号証(畠山玉重の証言によつて成立したものと認められる)、同第四号証(成立につき争いなし)と証人長信男(昭和三三年六月一八日)、同井沢清栄、同八木亀次(昭和三三年一二月八日)の各証言を綜合すると、原告は昭和三二年一月中旬頃より安芸税務署法人係に勤務していた長信男の調査に際し、本件店舗改築費は、原告会社代表者樋口勝個人が訴外畠山玉重から、昭和三一年初頃高知で一回に借入れたが別に借入れの事実を証する書面は渡さなかつた旨陳述したが、昭和三二年五月の再調査の際には新らたに借入金備忘録(甲第二号証)を示し、借入回数、借入時期等について異つた陳述をするに至つたこと、また畠山玉重は昭和三二年一月二九日高知税務署員の調査にさいして、昭和三一年中に樋口勝に金銭を貸付けたことはない旨陳述したが、昭和三二年二月二七日の再調査の際には、昭和三一年二、三月頃同人の手持金二五〇、〇〇〇円と同人の母マツ代の金二五〇、〇〇〇円との合計五〇〇、〇〇〇円を樋口に貸付けた旨陳述し、昭和三二年六月頃の原告の審査請求に基く審査段階における協議官の調査に際しては当初同人の手持金二五〇、〇〇〇円と母マツ代の四国銀行安芸支店の預金引出分金一〇〇、〇〇〇円とマツ代の手持金一五〇、〇〇〇円との合計額金五〇〇、〇〇〇円を樋口に貸付けた旨陳述したが、その後は同人の手持金四〇〇、〇〇〇円と母マツ代の預金引出分金一〇〇、〇〇〇円との合計額五〇〇、〇〇〇円を貸付したと陳述するに至つたこと、また訴外畠山マツ代は昭和三二年三月五日及び同年六月頃の安芸税務署員ならびに協議官の調査にさいし、他人に金員を貸した事実はない旨陳述し、さらに同人の四国銀行安芸支店の預金を調査した結果、昭和三一年一〇月六日に金八五、〇〇〇円が引出されている以外に引出はなく、しかも畠山玉重の陳述とは引出年月日預金引出額が異つていること。

(二)  被告の主張する原告の係争事業年度前各事業年度分の売上金額(金額について原告において明らかに争わないから自白したものと看做す)によれば、原告の係争事業年度前五年の売上金額が一、二〇〇万円台の売上金額であるのに、係争事業年度の売上金額は前五年の各事業年度の売上金額より四九六、〇〇〇円乃至一、四三五、〇〇〇円減少していること。

(三)  次に第五号証の二(成立につき争いなし)と証人長信男(昭和三三年六月一八日)、同八木亀次(昭和三三年一二月八日)の各証言によると、係争年度の原告会社の差益率は平均一八%、若しくは一九%程度で、安芸市における同業者とほぼ同等となり、これに本件店舗改築費五〇〇、〇〇〇円を原告会社の売上除外として加算して計算すると、差益率は二一%となり、同業者と比較して、その比率はやや高い結果となるが、原告会社の商品回転率は年四回でかつ安芸地方の同業者に比較して現金仕入れが多く、ために仕入れ高も低く、従つて差益率が他の同業者と比較して高いのは当然予想されるところで、前記五〇〇、〇〇〇円を売上除外と認めても差益率は妥当なものと考えられること、など事実を認めることができる。右認定に副わない証人畠山玉重の証言及び原告代表者本人の尋問の結果は信用できないし、ほかに右認定を動かすに足る証拠はない。そして右認定のような本件店舗に関する樋口勝と訴外畠山玉重間の貸借について、樋口勝、畠山玉重、畠山マツ代の各陳述が前後または相互に矛盾し、かつ不明瞭であること、原告会社の係争事業年度と比較して減少していること、ならびに原告会社の差益率、商品の回転率などを合せ考えると、本件店舗改築費は原告会社の利益金から支出されたものと推定するのが相当である。

三、ところで、原告は調査時における訴外畠山玉重の陳述が前後矛盾しているのは被告から本件貸付金の追及を受けることにより自己の営業所得に影響することを懸念した結果であると主張し、証人畠山玉重の証言にもこれに副う供述部分があるが、右畠山の陳述内容を検討すると、同人の営業所得に影響のない、貸付時期、同人及び母マツ代の貸付金の出所等についても再三陳述をひるがえしており、同人の陳述の矛盾が単に自己の営業所得に影響することのみを懸念して為されたものとは認められない。また、被告は、昭和三二年六月六日四国銀行安芸支店を通じ、本件貸付金を訴外畠山玉重に支出したと主張し、原告主張の日に金五〇〇、〇〇〇円が原告から右畠山に支出されていることは被告においても明らかに争わない所であるが、右金員が、借入金の返済であるかどうかの点に関する証人畠山玉重の証言及び原告本人の尋問の結果は信用できず、ほかに右金員が借入金の返済として支出されたものであることを認めるに足る証拠もない。

なお、原告は、訴外畠山玉重が樋口勝に本件金五〇〇、〇〇〇円を貸付けたものとして、高知税務署長は、畠山に所得額を増額申告するよう慫慂し、その結果同訴外人は昭和三二年度分所得申告額を一三七、〇〇〇円に増額するに至つたと主張し、証人八木亀次の証言(昭和三二年一二月八日)によれば右畠山がそのような金額の所得申告を行つたことは認められるが、右申告に至つたいきさつ等については原告の主張を認めるに足る証拠はない。

四、さらに原告は係争事業年度の売上高の減少は支店店舗改築工事のため二箇月あまり同支店が休業状態にあつた為であると主張するが乙第五号証の三(成立につき争いなし)の月別売上欄によれば原告会社の本店支店を通じての昭和三一年六月から八月末までの売上高が他の月と比較して決して過少でないことが認められ、従つて右期間中の売上高が係争年度の売上高の減少を招来しているとは解されない。

五、原告主張の差益率については、前記二(三)において認定したとおり本件改築費金五〇〇、〇〇〇円を原告会社の利益金として加算した場合も、その比率が不当とは考えられない。

以上検討したとおり、前記推定を動かすに足る証拠はなく、被告のなした更正決定は相当で、これが取消を求める原告の本訴請求は理由がないから棄却すべく、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 合田得太郎 裁判官 北後陽三 裁判官 加藤義則)

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